見瀬丸山古墳は下ツ道の南端に位置します。下ツ道は古代の都市計画道路でほぼ直線的にここから北上し、平城宮朱雀大路につながります。
奈良県には渋谷向山(現・景行天皇陵)箸墓といった有名な巨大古墳がたくさんあるのですが大きさでは、全国的にも第6位の規模を持つこの見瀬丸山古墳がトップなのです。宮内庁が天皇陵に指定しなかったおかげで古墳の上まで登れます。
 実際に墳丘に登るとその高さ、大きさが実感できます。大和の古代豪族のお墓というよりやはり天皇クラスの墓と思われます。そこで欽明天皇陵(現在のところ明日香村上平田にある前方後円墳・梅山塚に比定)に当たると考える人もいるようです。

 また、年代別一覧表でも判るように、最後の巨大古墳と考えられます。


規模 単位:m
墳形全長後円部径後円部高前方部幅前方部高くびれ部幅くびれ部高年代
前方後円墳
剣菱形
310162202112211515古墳時代後期
6世紀後半


遠景。
墳丘の造られ方が見える。
後円部、巨大な横穴式石室(玄室)が発掘され、 中には2基の刳抜式家形石棺が安置されている。
従って、後円部のみ畝傍陵墓参考地に指定されている。
御所市の條ウル神古墳で2002年に巨大な横穴式石室と家型石棺が発見されたので、改めてこの古墳が注目されました。


     
墳丘、前方部頂上より後円部方向。
墳丘、後円部側より前方部を望む。
向こうに見えるのは畝傍山。

ここより東約300メートルには、日本書紀と古事記の記載から、日本最初の女帝・推古天皇と、その皇子の竹田皇子(みこ)が合葬されていた可能性が高いとされる植山古墳(橿原市五条野町)があります。植山古墳は1つの墳丘に大規模な石室が2基造られており、土器などからこれらの石室は6世紀末と7世紀前半と判断されています。 この見瀬丸山古墳や新沢千塚古墳群等と合わせて古墳巡りの良いコースです。



古道を歩く 下つ道 橿原

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