飛鳥の石舞台古墳に匹敵する石室が見つかった條ウル神古墳から東に、日本武尊白鳥陵は村の中にある。土地の人に聞かないとどこから入っていけるのか判りにくい。
「草薙の剣」で有名なヤマトタケルの尊(みこと)は古事記には「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」と表記されており、第12代景行天皇の子とされる。
能褒野(のぼの:三重県亀山市)で亡くなった時、「大和は国のまほろばたたなづく青垣山隠れる大和し美し」と歌い、故郷へ還りたいと望んで、
白鳥になってそれを果たしたので陵を白鳥陵と称した。陵は能褒野、ここ大和の琴弾原(ことひきはら)、
河内の旧市邑(ふるいちむら・羽曳野市)の三ヵ所にあり、ここは琴弾原白鳥陵という。
岡の上に見えるけれどどこから登れば良いのか?。 | 石碑。琴弾原白鳥陵と書かれている。 | 正面 |
陵印です。
奈良市のIさんのコレクションから画像をいただきました。ただ、能褒野と旧市邑のもので、ここ琴弾原白鳥陵のものはありません。どなたかお持ちでしたら見せていただけると嬉しいです。