第6代天皇、孝安天皇の陵・玉手丘上陵(たまでのおかのうえのみささぎ)とされている。異称は大倭帯日子国押人命(古事記)/日本足彦国押人尊(日本書紀)【(おお)やまとたらしひこくにおしひとのみこと】
元々ここにあった円墳と玉出丘陵の自然地形を利用して前方後円風に生垣を巡らせたもの。
すぐ西側の御所実業高校の辺りには縄文~古墳時代後期の集落跡である玉出遺跡がある。



遠景

日本武尊白鳥陵側から北に歩いてくると岡の上に見える。
金毘羅宮

丘陵中段にある金毘羅宮
陵印

陵印 昭和16年

看板

制札 (看板)
参道

参道
正面

正面

遠望

遠望
付近

JR玉出駅への町
昔の写真

昭和初期の写真


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