(30) 土鈴の旅
有名な社寺の信心を中心とした信仰団体が組織され、仲間の代表を送って参拝するという仕組みの代参講が、江戸時代になって流行するようになると、 村を離れて旅に出ることの殆どまれであった昔の人たちも、ようやく世間を見る機会に恵まれた。そして、この敬虔な信心から生まれた旅が、次第にリクリエーションとしての楽しみを発見するようになり、 沢山の旅行案内記や名所記が出版されるに及んで、いわゆる物見遊山の旅に変貌していった。
昭和の今日、ディスカバー・ジャパンの宣伝に乗った観光旅行は、まさにこの物見遊山の伝統を受け、全くのリクリエーションと化していながらも、 その根底に社寺巡礼のモーメントを忘れていない点は、代参講の昔から少しも変わってはいない。
したがった、土鈴の旅は、まず社寺巡礼から始めるべきであろう。既に述べた各種の授与鈴の如く、そこには、伝統に根ざした由緒深い土鈴の伊吹が、 脈々として伝えられているからにほかならない。 しかし、一度その社寺の土鈴を入手したからといって、そのまま安心しているわけにはいかない。前に書いた貴船神社の土鈴のように、解釈の合理化から、土鈴の姿がすっかり改められてしまう例もあれば、 香椎宮の獅子頭土鈴のように、作者の交替によって、同じ獅子頭がすっかり形を変えてしまう例もある。 あるいは、鶴岡八幡宮の鳩土鈴のように、彩色に変化を生じたり、生田神社の長寿鈴のように、 形はそのまま踏襲しながら、材質は変えてしまうものなど、その変化の諸相はさまざまで、枚挙にとまどいがない。
雑誌に紹介された結果、アンノン族に押しかけられて、土鈴の売れ行きのよいのに驚いているという話を、昨年の初詣の時、品川の海晏寺(かいあんじ)で聞いたが、 この紅葉に因む駅鈴型の優雅な土鈴は、形は前と同じだが、彩色は如何にも近代的な派手なものに変わっている。また、同じ品川の慶応大学に隣接する春日神社の<開運土鈴>は、 かっての製作者の村井さんがなくなって、三橋さんの手に移り、紅葉と鹿の型は元のままだが、その色付けは、素焼のままに近い淡い彩色に変えられた。 このように、時々刻々として変化して留まるところを知らない土鈴の実相を、日本全国にわたって確実に把握していくということは、なかなか容易なことではない。 それだけに、土鈴の旅には、情報収集の精密な準備と、細心な注意力とが要求されるのである
「旅寝してわが句を知れや秋の風」 芭蕉
この句は、「日々旅して旅を栖(すみか)とす」(奥の細道)と述べて、その詩精神を旅に求め、旅に深めていった芭蕉にして、はじめて詠み得た心境であった。 土鈴もまた、己の足で実際に旅をつづけ、経験を通して鈴と交流する時、その真の意味が理解できるのである。土鈴は、やはり、旅の所産であった。
先代の三遊亭円馬から数々の土鈴を贈られた吉井勇は。歌集「天彦」の中に土鈴の連作を載せており、いずれも心を打たれる歌が多い。
浪速津の円馬もて来し土鈴の音とりどりに旅を恋はしむ
並べたる土鈴をみつつあるほどに旅のおもひの果し知られず
初出 昭和53年(1978年)4月12日(水曜日)
海晏寺は、東京都品川区南品川五丁目にある曹洞宗の寺院。建長3年開山。本尊は聖観音菩薩、山号は補陀落山。 (ウィキペディア)
右側は戦前に描かれた絵手紙風のハガキ。作者は武藤喜邦氏か。
奴凧鈴・天神鈴・三番叟鈴
大阪市北区大工町出身の落語家。3代目 圓馬(1882年11月3日 - 1945年1月13日)
上方噺家でありながら江戸噺家としても活躍し上方落語の多くを東京落語に移植した功績を持つ。
林家染丸、橘家蔵之助らと共に浪華面茶会に属し、土鈴蒐集家としても知られる。
土鈴を介した吉井勇との交流は神戸土鈴友の会の栞150号に詳しく述べられているが、歌集「天彦」(昭和13年発刊)の中に「土鈴に寄す」と題して11首の歌があり その初めに「浪華なる三遊亭圓馬齋(もたら)すところの土鈴を見つつ、諸々の國の郷土のいろをおもふ」という詞書があり、それに続く次の11首の連作は
浪速津の圓馬いしくももて来るおもちゃの鈴の許多土鈴(ここだつちすず)
許呂許呂(ころころ)と松虫に似る音立つる祇園の鶯の土鈴いとしも
出で羽なるお鷹ぽっぽの土鈴はいまか鳴くかに見つつ飽かなく
わが知れる臨済居士に似し顔の三春達磨もうち振れば鳴る
月山の玉の兎の土鈴は咽喉(のど)こそ鳴らせあはら許呂許呂
八戸の八幡駒鈴なるときやみちのくの旅を思ほゆるかも
浪速津の圓馬もて来し土鈴の音とりどりに旅を恋はしむ
みちのくの土鈴鳴らし春の日をうつらうつらにもの思ひ居り
鶴岡の板獅子鈴にいのちあらば京消息をことづてむもの
並べたる土鈴を見つつあるほどに旅のおもひの果し知られず
手に取れば阿蘇の土鈴は音たてぬ鳴りねと触れしものならなくに
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