長寿鈴 長命への願い託す

 「甑島(こしきじま)昔話集」に<長い名の子>と題して収録された民話は、生まれる子供が次々と早死にする夫婦が、ついで生まれた男の子に長命を願って長い名前を付けたところが、 今までよりは長生きしたものの、結局は、その長い名前が禍して死んでしまった。---という話で、その類話は日本全国に広く伝えられている。

 まことに哀れな話だが、長い名前に長寿を祈るという考え方の根底には、共感呪術がうかがわれて、興味深い。この民話は、その長い名前の面白さから、 笑い話化の道を辿(たど)り易く、その最も有名なのが落語の「寿限無」である。「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、 雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、 グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」という長い名を寺の和尚が付ける話だが、その常識を超えた命名が、かえって人々の笑いを誘うのである。

 生ある者が、その生の永遠性を願うのは、ごく自然の成り行きであった。秦の始皇帝が、道士徐福に命じて不老不死の薬を求めさせた話は、広く人々に知られているところであり、 わが国でも、垂仁天皇の御代、田道間守(たじまもり)を常世の国に遣わして非時香菓(ときじくのかくのこのみ)を求めさせた話は有名である。

 <非時香菓>は、時期外れにも香味の変わらない果物の意で、「古事記」には「今の橘なり」と書かれているが、ともかく、始皇帝にとっても垂仁天皇にとっても不老不死の願いは、 ついに適えられることはなかった。

 「万葉集」に、「月読みの持てる変若水(をちみず)」(13-3245)と歌われているのは、神仙思想による若返りの水が月の世界にあることを信じていたからであろう。 「竹取物語」のフィナーレの部分で、月の世界のかぐや姫が、<不死の薬>を帝に献上して昇天する話も、「万葉集」と一連の思想に基づくものであった。

 ただ、この<不死の薬>も帝の役に立たないまま、富士山の頂上で燃やしてしまったという描写に、不老不死の薬は決して人間の役には立たないものだというモチーフが見られる。  人の命は限りあるものと知りながらも、長命を願わないではいられないのが、人間の生まれつきである。還暦・古希・喜寿・米寿・卒寿・白寿といった賀の祝いを重んじてきたのも、 長寿を願う日本人の心のあらわれであった。

 この思いが土鈴と結びついたものに、神戸生田神社の長寿鈴がある。稚日女命(わかひめのみこと)を祭神とする生田神社は神功皇后が三韓征伐から凱旋の時、 この神の神託に依って祭ったのがその起源とされているが、この鈴は戦後の授与鈴で、NHKの「風見鶏」の主人公のように戦いに生き延びた人たちに、生きることへの勇気を与える呪物となった。

 全体が落ち着いた銅色に彩られ、「生田神社」の印が陽刻された宝鈴型の重厚な作品で、特に、その形と配色の妙は素晴らしい。ただし、昨年入手した同じ生田神社の長寿鈴は、 形は以前の姿を踏襲してはいるものの陶製に近い、派手な感じのものに変わっていた。

 同じ神社の同じ名称の授与土鈴も、時と人との変遷に伴う世代の交替が見られると共に収集に当たっては一層きめ細かな配慮が必要なようだ。

 なお、別に源平の合戦の時、梶原景季が境内の梅を箙(えびら)に挿して奮戦した故事に因んだ<箙の梅鈴>もあり、これは紅白二種の梅鉢型の土鈴である。


初出 昭和53年(1978年)3月27日(月曜日)

本日の一鈴 長寿鈴 神戸市 生田神社

長寿鈴 神戸市 生田神社

 

 

 

本日の一鈴(番外)落語土鈴・寿限無

寿限無

 毎回紹介している土鈴は一つですが、本文に落語の「寿限無」が出てきたのでもう一つ落語土鈴をご紹介します。

 子供の幸せを願ってつけた長~い名前、「寿限無 寿限無 五劫の摺り切れ ・・・・・ 長久命の長助」、この名前が様々なトラブルを生みます。

 「殴られてこぶを作った近所の子供が父親のところに言いつけに来る。やり取りの中で長い名前が繰り返されるうちに、こぶが引っ込んでしまった」、「学校に行くのに、朝友達が誘いに来て名前を呼ぶのが一苦労。 母親が名前を呼んで子供をおこすのも一苦労。起こしている間に友達は学校が間に合わなくなるので先に行ってしまう。」とか。

 この土鈴では学校でテストの日。答案用紙が配られたので名前を書きましょう。寿限無 寿限無 五劫の摺り切れ・・・。名前を書いているうちにテスト時間が終わってしまいました。

 鈴口にもご注目。長音符「ー」になっています。

 海老天たまこ作



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