円照寺裏の石仏群を過ぎて道なりに進むと前池の対岸に着きます。
あるいは円照寺のバス停まで出て約300m北に向うと崇道天皇八嶋陵の道標が見つかる。そこを東に折れて約100m。
ここは藤原種継暗殺事件に連座して無実の罪で淡路島に配流される途中、船の中で憤死したと伝わる早良親王(さわらのみこ)の陵。淡路に埋葬されましたが、延暦19年(800)7月に淡路国から大和国添上郡八島に戻ってきました。
早良親王は光仁天皇の皇子、また平安京造営や平氏の祖として有名な桓武天皇の同母弟。歴代天皇の中には崇道天皇の名前はありません。
桓武天皇が800(延暦19)年7月、怨霊鎮魂のため「崇道(すどう)天皇」という諡号を与えたとのことです。
前池越しに遠景
前池の横に立つ歌碑
八嶋国(ヤシマクニ) 妻(ツマ)枕(マ)きかねて 春日(ハルヒ)の 春日(カスガ)の国に 麗(クハ)し女(メ)を 有りと聞きて・・・・・
勾大兄皇子(マガリノオオエノミコ=安閑天皇、継体天皇第1皇子)の春日皇女(カスガノヒメミコ)への求婚歌
春日(ハルヒ)は 春日(カスガ)の枕詞です。何故、春日を「カスガ」と読むか不思議ですが、これが理由です。
陵印 昭和16年
ここも宮内庁の管理です。 |
正面 |
陵前の道路の真ん中に古墳の石室の一部といわれる巨石が横たわっていますが、取り除くと祟りがあると伝わっているのでそのままにされています。
ところであまり知られていないのですが円照寺の前から歩いてきた道はこのまま奈良まで続き御霊街道と呼ばれています。崇道天皇の鎮魂に関連しているのでしょうネ。