南都・大安寺の土鈴
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我が家の住所を平城京の時代に置き換えると六条東四坊あたりになるかと思います。そしてそこから最も距離的に近いところにあるのが大安寺です。
奈良時代の大安寺は六条大路を挟んで北側には金堂・講堂・僧房等が広がり、南側には東西の七重の塔が立つ塔院がある大寺院でした。
塔の高さは約70メートルと推定されるので、今の我が家の位置からも仰ぎ見ることが出来たのでしょうね。
境内の広さは当時の単位で15坪。1坪は1辺が約130mの正方形なので15坪を計算すると253,500平方メートル、甲子園球場6.6個分になります。
現在は残念ながら小さくなって面積は当時の二十五分の一だそうです。
蛇足ですが私が大安寺を初めて訪れたのは約50年前、その時、宝物殿前で掃き掃除をされていた前住職の河野清晃師と奈良時代の大安寺や 七重塔のお話をしたことをよく覚えています。勿論その時にはこんなに近くに家を持つとは思いもしませんでした。
現在の大安寺ではお正月の量産品干支土鈴を除いて土鈴は授与されていません。でも大安寺に関連する土鈴を集めてみました。

現在の大安寺の本尊は本堂に祀られている十一面観音菩薩立像(重要文化財)ですが、本堂の後ろ側の嘶堂(いななきどう)に安置されている、 木造・馬頭観音立像(重要文化財)も見逃せません。
国の重文指定では「木造千手観音立像」ですが手は六本しかありません。馬頭観音といっても頭上に「馬頭」は見当たりません。 でも憤怒の形相を見ると千手観音より馬頭観音の方が正しいかと思われる像です。
土鈴は「南都八大寺仏様巡り」で大安寺の代表としてこの馬頭観音を選びました。
カらコロや作 海老天たまこ原型

大安寺の行事として有名なのに年2回行われる笹酒祭りがあります。
1月23日(光仁会) は「癌封じ笹酒祭り」として、6月23日(竹供養)は「竹供養 癌封じ笹酒夏祭り」として開催され、青竹で温めた酒(笹酒)が振る舞われます。
笹酒を振る舞ってくれる「笹娘」は和服の若い女性で、最近は留学生が多く参加しています。
土鈴は竹で作られた盃と笹娘が組み合わさっています。
海老天たまこ作

大安寺出土の軒丸瓦を模した土鈴です。
南都七大寺の古瓦のシリーズ土鈴の中の一種です。
赤膚焼窯元三代目
小川二楽さん作

大安寺の軒丸瓦の上に留まった雀の土鈴です。
海老天たまこ作
ヘッダーとフッターは干支土鈴で上の雀と同様に大安寺の軒丸瓦の上に乗った干支(申、酉、戌、亥)です。 また、背景壁紙には笹酒祭りに因んで笹の葉を用いました。