午の土鈴
2026年は「丙午(ひのえうま)」の年です。そこで今月は午の土鈴を紹介します。
丙午といえば「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信から、60年前の1966年には出生数が大きく減った(前後の年より約25%減少)ことでも知られています。
現在では、このような迷信に惑わされる人はほとんどいないでしょうが、逆に芯が強く、エネルギッシュで頼りにされる女性が生まれてくることが望まれるのかもしれませんね。
また、十二支の中でも馬は常に前進する動物であることから、「挑戦」や「目標達成」の象徴とされます。日々新たな目標に挑めるような一年にしていきたいと思います。
今年も「大和の土鈴」を宜しくお願いします。

梅の花を貫いて干支の動物が飛び出してくる土鈴です。
4年前の卯年に始まってシリーズ化された人気の作品です。
ヘッダーとフッターにも井上さんの作品を取り込みました。 ヘッダーは馬抱き猫土鈴、フッターは馬乗せ猫土鈴です。
備中張り子倶楽部
井上エリ作

こけし土鈴の上に縁起物、季節もの等、色々乗せた気まぐれこけしシリーズの中の一つです。
馬は全身と首だけの2種類、馬首だけを乗せたものは「春駒」乗せこけし土鈴と名付けられました。
備中張り子倶楽部
富士山笑呼作

岡山県津山市の古い町並みの中にある「うき草や」で開催していた干支展にたまたま入って見つけました。 磨研土器(Polished earthenware)は土の表面を磨き光沢を出したのちに低温で焼成したもので、表面には何も塗られていません。 素焼きとは思えないほどツルツルで光沢があります。
そこで展示されていた数個の土鈴を振って音を確かめると、鈴玉の大きさの違いか、随分音に差がありました。ゴロゴロと音の大きな(おそらく鈴玉が1番大きい)ものを選んで購入しました。 鈴口は開けられていなく、空気抜きの小さな穴が3個開いており、その横に銘「智」が書かれていました。
工房所在地は岡山県久米郡美咲町。
工房とも・植木智子作

三重県菰野のパラミタミュージアムのミュージアムショップで購入しました。 鈴紐の先に玉がついていて、振るとその玉が胴にあたって音が鳴りますが、胴の中にも玉が入っていて、鈴口も開いています。
しかし、ショップに3個並んでいましたが、胴の中に鈴玉が入っていたのは購入した1個だけでした。
そこでタイトルをどうしようかと考え、「外玉の午鈴」としました。「外玉」というのは造語ですが、時々見られる形式です。
工房の所在地も菰野町で、ミュージアムの地元の作家さんです。
楽遊工房・松田美紀子作

昨年10月の神戸土鈴友の会例会のお土産土鈴として誂えたものです。
土鈴添付の栞によれば「赤馬土鈴」のいわれは以下のようです。
寛永18年(1641年) 17代吉良上野介義央公は、江戸で生れた。 義央公の祖、足利義氏は、承久の乱(承久12年)の戦功により、三河の国の守護職に任ぜられた。当時、この地からきらら(雲母)を産するところから吉良氏と改姓。以来三河国との因縁が始まる。 その後一時的な衰退はあったが、慶長5年関ヶ原の合戦の功により14代義定公が吉良領(吉良町)3200石を賜り岡山殿町(陣屋跡)に居館を構えた。 父義冬公没し後、家督を相続した義央公は吉良の地に在って矢作川等の水害から守る為、黄金堤(一夜堤)の築造や、富好新田の開拓、雑田川の改修等、領民のために幾多の業績を残し良き主君として慕われ知られている。
また領内の見巡りに、いつもくり毛の駄馬に股がり村人達とも気軽に声をかけたと去う。
そんな義央公の徳をしのび、いつしかこの馬を「吉良の赤馬」と呼ぶようになったと云う。
八面焼 ・松田克己さん作
今年の新作土鈴を忠心にご紹介しました。
ヘッダーとフッターには備中張り子倶楽部井上エリさんの馬を抱いたり、馬を乗せた猫土鈴を挙げました。