この程、青森県の方から土鈴のコレクションを譲っていただきました。とても保存状態が良く、また、地域的に私のものとはダブリが少ないので整理して楽しく感じています。 ということで、今月はいただいたコレクションの中から地元、青森県の下川原焼の土鈴をご紹介します。 下川原焼は「したかわらやき」と読みます。「しもがわら」、「したがわら」ではありません。 本日ネットで「下川原焼」を検索していて面白いと思ったのですがYahooではヒットしませんがGoogleではたくさん出てきます。何故なんでしょうネェ。Yahooは時々変なことがあります。 下川原焼は津軽野の中心都市、弘前で焼かれる焼き物で、元々、文化年間(1804〜18)に高谷金蔵がはじめたもので、はじめは南津軽郡石川町で焼物をつくっていましたが、 のちに津軽藩主に招かれて下川原に移ったそうです。そして津軽十万石の御用窯として数々の名器をも産出したそうです。土人形はたまたま京へ上った人が土産品に買ってきた伏見土人形をまねてつくったのが始まりらしいです。 (一部引用:「土鈴収集の旅」山本鉱太郎著 昭和53年7月5日発行) 昭和30年に、地元の新聞に記載された 記事(下川原焼について)の原稿を四代目の徳太郎さんが書かれています。