第47代淳仁天皇(じゅんにん)天皇の御陵とされています。本州に御陵のない天皇が2人いる。鳥羽上皇によって讃岐(現坂出市)へ流された「憤怒の大魔王・崇徳天皇」、そして淡路島に流された「淳仁(じゅんにん)天皇」である。
淳仁天皇は、恵美押勝の乱の直後、孝謙上皇に対する謀反を理由に天皇を廃され、淡路に幽閉される。翌年の天平神護元年(765年)10月、逃亡を計って捕えられ、その翌日変死。薨年33才。天皇を廃された後は淡路廃帝・淡路公などと称され、「淳仁天皇」の諡号を追贈されたのは、明治政府によってである。
現在の陵印です。 |
昔の陵印はこんな形です。昭和16年 |
昭和初期の写真 |