天然の音楽 疲れた現代人にいこい

 NHKの<スタジオ102>で3月15日に放送された古代の土笛の話は大変に興味深かった。 それは、下関の古代遺跡から以前出土した土笛を自分たちの手で土をこねて復元し、それによって古代の音色を今日に再現しようとする作曲家と画家とのニュースであり、昔の音色に寄せる、 そのなみなみならぬ憧憬と郷愁とは、騒音の世界につかれた現代人に快い感銘を与えた。かつて、柳田国男が、「明治大正史・世相篇」や「野鳥雑記」の中で説いたように、 日本人は風の音・水の音・鳥の声・虫の音といった、天然の音楽に耳を澄ます感覚的能力を身に備えた国民であった。 自然の水のささやきに聞き入る日本人のユニークな好みについては、大仏次郎の小説「帰郷」にも描かれているが、この天然の音楽に通う音色こそ、土笛であり、また、土鈴でもあった。

 土笛の中で、郷土玩具として広く愛玩されているのが、鳩笛であり、弘前の下川原土人形の鳩笛のように優雅なものから、福岡県筑後市の赤坂土人形の鳩笛のように、稚拙で素朴なものに至るまで、 その種類は日本各地に数多く分布している。中でも、赤坂土人形の鳩笛は「ててっぽぽっぽ」の名称でしたしまれており、この鳩笛の土をなめると虫封じにもなると古くから伝えられているところに、 玩具の呪的意義がうかがわれて興味深い。

 さて、宇佐・石清水と並んで日本三大八幡に数えられる博多の筥崎宮には、背中に八幡宮の三つ巴の神紋を背負った可憐な鳩笛と、それをひとまわり程小さくした鳩土鈴とがある。 鳩笛の方はその大半を胡粉で塗っていながら、口をつける部分だけが生地のままに塗り残されているのは、赤坂土人形の虫封じの考え方とか、英彦山ガラガラの項で述べたような、子供に対する無害性といった、 共通観念の所産でもあったのだろう。筥崎宮は八幡社としては授与土鈴のもっとも豊かな神社であり、<神馬鈴><厄除け鬼瓦鈴><干支鈴>など、時代的変遷に伴ういろいろな作品が見られるのは、 さすがに、博多人形の本場だけのことはあった。

 この筥崎宮に対して、古くからの国分八幡と呼ばれて親しまれてきた大隅の国の一宮、鹿児島神宮は、今日では玩具の神社として有名であり郷土玩具の収集家たちから広く知られている。 常時、社務所はまるで縁日の屋台に似た様相を呈し、鳩笛・瓢箪・香箱・ポンパチ(初鼓)・羽子板・竹刀・はじき猿・正八幡土鈴などの信仰玩具が所狭しと並べられて、幼い日へのノスタルジアを誘う。 しかも、これらの玩具が、神前でお祓いを済ませた後、その全部に社務所印が押されてから授与されるのは、デパートの玩具売り場で購入する品との根底的な相違を見せていて嬉しい。 鹿児島神宮では旧正月18日の初午祭に鈴懸馬と呼ばれる飾り馬の行事があり、この鈴懸馬の首にかけた鈴を象ったのが正八幡(しょうはちまん)土鈴である。 オレンジ色の五個の埴鈴(はにすず)を植物の繊維で輪につないだもので、 境内の土で作った手作りのおおらかな瓢逸味と、すずやかな音色はともに素晴らしい。 古くは黒褐色とオレンジ色との2種があり、いずれも十個一組であったというし、また、五個一組のものにも、他に、オレンジ色の四個に対して、一個だけが素焼きのママも白色無彩のものもあった。 いずれも、「正八幡」と刷った薄緑の紙が、埴鈴の一個にだけ貼ってあって授与鈴の伝統を今に伝えている。


初出 昭和53年(1978年)3月20日(月曜日)

本日の一鈴 正八幡埴鈴 鹿児島神宮

正八幡土鈴

 

 

 箱には「信仰玩具」と書かれています。


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