鈴散歩 栞第2号

 

◎卓話 名古屋土人形土鈴について (野田末吉氏作)

川西誠治氏

 昭和52年頃、一宮市の故森瀬雅介氏が野田さんを訪問する予定があるので、同道してはの言葉に甘えて、一緒に自宅を訪れた。森瀬氏は三河郷土玩具の依頼品の受け取りで、話は人形玩具の話が中心であったが、土鈴についても色々と話がはずみ、整理戸棚に並べられた作品の説明を聞きながら見せて貰った。その時に頂いたのが、野田末吉、八重子夫妻の喜寿と古希を祝った鶴亀の記名入りのもので、恐らく親戚縁者にだけ配られたものと思うが折よく私も拝受し、貴重な尤品(ゆうひん)の一つである。

 野田さんにとって、一生一代の記念作品として精魂を込めて作られた自信作、傑作と思われる。同時に他の人の依頼の鶴亀鈴(S11年作)も戴いた。野田氏は齢90歳近くを迎えておられ、今はご無沙汰をして、お作りになっておられるか消息も分からない。

 名古屋人形は独特の風格を持った、繊細、美麗、巧緻で作家は多く、窯元も作を競っておられたが、結局は野田氏以外にあまり見られない。野田家は代々名古屋藩の家臣で、明治になって熱田神宮近くの御器所で土人形を作るようになり、父重成氏の跡を受けて、高等小学校を卒業して、その道に入り名古屋人形の伝統を守り育ててこられた。

 野田氏と土鈴の関係は昭和9年頃の趣味家土鈴の名古屋を中心とした有名な(浜島)静波氏、(鈴木)鼓堂氏、(伊藤)蝠堂氏、京二氏等々のメンバーがこぞって末吉さんの元に製作を依頼に集中し、その請に応えて一心不乱に製作し、氏の性格が温厚篤実で器用でもあり創作活動に意欲を燃やし、今も残る鼓堂氏千本桜、一雨氏苺鈴、(加藤)春楼氏天満宮亀乗鈴、蝠堂氏蘇民将来鈴、有坂(与太郎?)氏饅頭割鈴等々の数限りない作品を世に出し、それとともに神社仏閣より授与土鈴の製作の依頼を手掛け、天視会?の曲玉鈴、城山神社の豊玉稲荷鈴、五百羅漢の草鞋鈴、片山神社狛犬鈴、松山神社の松傘鈴等々を作り、名古屋人形作家であると共に名古屋土鈴の第一人者となったのである。

 名古屋土鈴については風格を生かした、きめ細やかな作品を、人形をモデルにした、おいらん鈴、娘道成寺鈴、三番叟鈴、二福神鈴、和藤内鈴、子守娘鈴、裃着付の干支土鈴等等の数々がある。童話や昔話、伝説や動植物に因んだものも数多く作られ、その後、戦後の土鈴ブームに乗って十二支土鈴や絵馬土鈴も作られた。いずれも小ぶりで上品なもので、所謂土鈴としての素朴さ、泥臭みはないが、美しい愛らしいものばかりで、特に動物に裃を着せた神宮風に仕立てたユーモラスたっぷりな作品もある。

 独特の姿を持った絵馬土鈴(3×4)は小さなものの中に干支の動物を一個一個に絵筆鮮やかに描かれている。その他に特徴ある作品としては宝船土鈴がある。宝船土鈴には毎年の干支を船に仕立てて或いは船に乗せて複雑な原型をもとに精巧であり、緻密で色彩豊かな作品ぞろいである。この絵馬土鈴と宝船土鈴は一見して野田氏作とわかる程特徴のある佳作である。これらの作品を見るとき、野田氏が一個の鈴にどうすれば意を表せるかの創意と工夫、努力と年期から生まれた手練、これが本当の名古屋土鈴の真髄というべきであろう。

 尚、巧緻を極めた原型作りと石膏型作り、そして「手押し」という全くの手作り手法で素焼きをして胡粉を塗り、上絵を描く、眉、口、眼、鼻の筆さばきの鮮やかさ、生々としており、衣装の梅松桜等の一枚づつの花弁が細かい筆で、京鹿子の模様まで浮き出している小指ぐらいの大きさの動物によくも描けたものと感心の他はない。

 聞くところによると一番気に入った作品は三番叟と二福神だそうで、今私が持っているものであると思えば嬉しい気持ちで、又、戦後新しく浜島静波氏への記念土鈴の饅頭割り土鈴も快心の作といえよう。

 明治35年生まれの90歳近い翁となられ、名古屋土鈴の製作も困難になってきた。また、末吉さんの奥さんの八重子さんは7歳年下で一本気で職人肌で創作する以外に形を作る以外に名誉も利欲も全く度外視して名古屋市から殆ど出たことのないこの人の伴侶として、影に沿うように製作を手伝い一緒に仕事に励んでおられる。しかし、末吉氏の寡黙と反対に明るく、お話が上手で誰にでも話し、末吉氏を生かし育てた内助の功労者である。従って販売、外交、経営の責任者でもある。

 私も一面識であったが心からの歓待を受けた思い出が浮かんでくるのである。

初辰招福猫土鈴

 今の住宅は千種区松竹町で地下鉄本山駅から5分ほどの市街地の住宅街にある。前の家は戦災で何百種の型も作品も消失灰燼に帰し、昭和27年現住所の裏庭を仕事場に黙々と政策に励んでこられた。従って寡作であまり市販されないので、まねて盗作するものが多いらしい。翁はそれはかまわないが、自分の号である「基水」の号まで入れているのはあまり無茶だとこぼしておられたことを覚えている。「世間ですることはどうでもよい。自分は自分のすることをする。」この人の気風に人格が良く出ていると思う。

画像:

 (左上)三番叟、二福神土鈴

 (右上)おいらん土鈴

 (左中)饅頭割土鈴

 (右中)宝船土鈴

 (下) 絵馬型干支土鈴

 

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