収集家心得・趣味に徹する純粋

 土鈴の収集歴、十数年という日の浅い筆者が、その割りにきわめて数多い戦前戦後の各種の土鈴を入手できたのには、職業柄、時間のゆとりに恵まれていることや、旅をする機会の多いことなど、 いろいろの要因があったが、中でも、最も幸福な理由は、土鈴作家や収集家の先達をはじめ、先輩・友人・教え子など、日本全国各地に数多い知己を得たことであった。

 先ず最初に、土鈴を集め初めて間もなく、土鈴収集家として知られる栗井千草さんと知り合ったことが、筆者にとっての土鈴開眼の第一歩であった。 木島則夫モーニングショーで、土鈴の公開をされた直後の栗井さんの宅を訪れ、幾竿もの整理箪笥に、県別に整理された見事な土鈴の数々を見せていただきながら、土鈴収集の苦心話を親しくうかがった日の思いでは、忘れられない。 帰り際に、大乗坊の宝珠鈴ほか数種類の貴重な土鈴を頂戴したが、同好の士に純粋な喜びを分つのが収集家の楽しみと言われた言葉に、心底から土鈴をいとおしむ栗井さんの心境がにじみ出ていた。

 ほのぼのとした人の心に触れて、土鈴収集家の心得を教えられた思いがしたこの日が、土鈴の収集・研究への情熱をかきたてる、新たな出発の日となったのだから、栗井千草さんこそ、いわば私にとってこの道の最初の恩師であった。

 つづいて、この栗井さんの紹介で〈全国郷土玩具友の会〉に入会、会長の故村山東昌さんの知遇を得ることとなった。その長年にわたる収集歴の体験に根ざした該博な知識に魅せられて、 栃木市のお宅まで出かけ、郷土玩具全般の話をはじめ、土鈴談義に耳を傾けた日のことが、懐かしい。 今日、筆者が所有している戦前の土鈴の大半は、この村山さんの格別の肝煎りによって入手できたものであり、感謝の念に堪えないと同時に、惜しい人を亡くしたものと残念でならない。

 その村山さんが、収集家心得として伝授して下さったのは、収集家の姿勢についてであった。「郷土玩具を集めることは、要は人と物との魂の触れ合いであることを忘れないこと、 従って、投資家のような功利的、打算的な考え方で物を集めるのは、収集家としては邪道であり、失格です」との教えを聞いた時、私は「礼記」に見える「君子の交わりは淡きこと水の如し」の言葉を思い出していた。 収集家の態度は、物に執着を捨てたところに確立するものであり、まさに<君子の楽しみ>でなければならないと悟った。

 「あなたの収集土鈴の価格は、全部で一体どれくらいになりますか」と、私はよく聞かれる。コインや切手と違って、普遍的価値を持たない土鈴を金銭に換算すること自体が、土台無理な話である上に、 ただ土鈴が好きで、その音色を集めることに無上の喜びを抱いている筆者にとっては、それは趣味だ、と答える以外に、すべを知らない。

 土鈴馬鹿に徹した純粋な心を大切にはぐくむことが、収集家としての第一条件ではあるまいか。火災に遭って、先ず土鈴を運び出したという森瀬雅介さん(「日本の土鈴」の作者)の話を人伝いに聞いて、私は感銘を深くした。

 昭和46年、筆者の土鈴をNHKテレビで公開したのを契機として、更に広域にわたっての思いがけない知己を得ることとなり、土鈴の収集に一層の拍車をかけた。思えば、土鈴との遭遇は、また人とのふれ合いでもあった。


初出 昭和53年(1978年)4月11日(火曜日)

本日の一鈴 大阪みやげ鈴

大阪みやげ鈴

 四天王寺、高津宮、大阪城、大阪市市章の4個組土鈴です。

 

 


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