4世紀後半に、古市古墳群の中で最初に造られた前方後円墳で、古市古墳群の中では最も北側にある古墳です。

 実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により「藤井寺陵墓参考地」(被葬候補者:第19代允恭天皇)に治定されています。

 「城山」という名は、室町時代にこの古墳が城として利用されたことによると考えられますが、城山とい名の古墳は全国にいくつもあり、区別するために所在地の地区名(旧村名)である「津堂」の名を付けて呼ばれいます。


規模 単位:m
墳形全長後円部径後円部高前方部幅前方部高くびれ部幅くびれ部高年代
前方後円墳20812816.911712.7  4世紀後半

前方部

南東側より見た前方部です。

 

 



後円部

北東側より見た後円部です。

 



ニャンコ

北西側、桜と菜の花の季節です。

 

 



津堂八幡神社

津堂八幡神社、後円部にあります。

 



古墳カード

MOZU-FURU CARD 06です。

 

2020年4月 3日入手



ホームHOME  大阪府の古墳