聖なる球
「宝珠」の土鈴
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私の属している「神戸土鈴友の会」は今年が40周年です。 その記念大会が今年の1月に行われて、そのイベントの一つとして12種類の土鈴で貝合わせ(トランプの神経衰弱のようなもの)を行いました。
私がゲットできたものは大乗坊如意宝珠が描かれたもの。
そこで気が付きました。「宝珠って何?」。時々目にして、何となく縁起が良さそうなグッズですけど、本当は何なのかよくわかっていない。
とりあえず宝珠の土鈴を集めてみるとともに「宝珠って何だろう」と調べてみましょう。

「神戸土鈴友の会40周年記念大会」の貝合わせイベントで私がゲットした土鈴です。
大乗坊(大阪市浪速区)の如意宝珠土鈴が描かれています。
他には英彦山ガラガラや大和郡山の金魚土鈴が描かれたもの等、合わせて12種類、参加者に貰われて行きました。
加藤正宏さん作。

毘沙門天を祀ったお寺の中で、代表的な授与土鈴として有名なのが大阪日本橋筋の大乗坊毘沙門堂の宝鈴です。
毘沙門天は忿怒(ふんぬ)の相を持った、仏教守護の武神として知られています。
この宝鈴はかつて初寅の節分の日に授与された宝珠型の鈴で、毘沙門天が片手に捧げた宝塔の中に納められた如意宝珠を象ったものです。 如意宝珠は、例えば、四日市萬古焼の宝珠鈴のように、 玉の頭部及び左右の側から火焔が燃え上がっているのが多いのですが、 この大乗坊の宝鈴には火焔はありません。なお、この宝鈴は、宝珠型の形は同じでしだが、授与された年によって、その彩色とか文字の有無とかの変化が見られました。
例えば緑・黒・赤・白・黄の五色がその周囲を帯状に彩ったもので、文字は一字も書かれていないものや、 黄・黒・赤・白・黄と彩色され、その白色の部分に福を招来する文字の書かれたものもありました。
最近もまだ授与鈴として残っていますがこのようなバリュエーションはなくなっているのではないでしょうか。
ではここで「宝珠」について取りまとめてみましょう。
サンスクリット語の「mani」は、真珠、宝物などを意味します。
金・真珠・聖木、さまざまな宝石を素材とした「護符」のようなもの。
その形は球形もありますが船形や鍬形もあって、特に決まってはいないようです。
インドの「mani」が仏教経典では「摩尼」「摩尼宝珠」「如意摩尼」などと呼ばれるようになりました。
ここで「宝珠」は「欲するものを意のままに生ずる珠玉」を意味します。
『大智度論』第五十九
・「衣服や飲食など、一切の宝物を望みのままに出し、病苦も取り除く。」
『大方便仏報恩経』「悪友品」
・「食物、衣服やアクセサリー、金銀や七宝、妙なる楽などを雨のごとく降らす。」
仏教経典の中で「宝珠」と龍王との関係は
『大智度論』第五十九
・宝珠は「龍王の脳の中から出たもの。」
『大方便仏報恩経』
・「摩尼宝珠を求めて海に入り、龍王から摩尼宝珠を授かった。」
『賢愚経』巻八
・「摩尼は海中に住む龍の宝である。」
『大智度論』第五十九
・宝珠は「過去仏の舎利が、仏法が滅んだのち人々を救済するために変じたもの。」
・宝珠は「帝釈天が阿修羅と闘ったときに使ったヴァジュラ(金剛杵)が閻浮堤に落ちて
砕けたもの。」
『悲華経』第七
・「舎利は変じて意相瑠璃宝珠となる。」
完全な球形でなくても小さくてキラキラした粒状のもの⇒楕円形の宝珠
「珠」は本来は完全な球形であるので、円形・球形で宝珠文様を表現⇒玉(璧)に近いイメージ
「真円+炎」の表現も登場
空海の遺言といわれる『御遺告(ごゆいごう)』 第24条には
「如意宝珠は、龍王の肝や鳳凰の脳に内在するものではなく、自然道理の如来の分身である。
唐の阿閣梨(恵果)から託された如意宝珠は、名山勝地の峰に埋納した。」
「東寺大阿闇梨は、大経蔵の仏舎利を一粒たりとも散逸させてはならない。
この仏舎利は、すなわち如意宝珠だからだ。如意宝珠は真言宗を護る存在である。
なぜなら、この仏舎利は能作の玉(手作りできる玉)の本心だからである。」
材料
仏舎利32粒、砂金50両、白銀、紫檀10両、白檀10両、百心樹沈:1O両、桑木沈10両、
桃木沈10両、大唐香木沈10両、漢桃木沈10両
①砂金と白銀で壷を作る
②その壷の中に舎利を入れる
③6種の香木を鉄臼で粉末にし、絹の袋に入れて濾す
④精製した香木の粉末を真漆で固める
⑤④に②を込めて丸くする
愛知県の性海寺の木製五輪塔の中から発見された「能作性宝珠」は赤い袈裟に包まれ、
直径約3.8センチ、重さ3.6グラムでした。

岐阜県の美江寺で授与された寅年の干支鈴です。
美江寺の授与鈴のデザインは他にもありますが本品は宝珠から炎が出ています。
尾西土人形
中島一夫さん作

左と中央が室生寺、右が長谷寺の宝珠鈴です。

左が京都府の浄瑠璃寺、右が大阪府の観心寺の宝珠鈴です。
山本芳考さん作
ヘッダーは奈良市の白毫寺の宝珠鈴です。白毫寺の宝珠鈴は何世代かあったのですが、これらは2004年頃の授与鈴ですので中野和彦さんの作と思われます。 フッターはどちらも戦前の土鈴で左は昭和丁丑年(昭和12年)春に作られた八角形宝珠で宮本円心・阪口砂山ら7名の趣味家の名前が書かれています。 右側は天王寺施行院の智慧の鈴で卍紋入り宝珠が掌に乗っています。